昭和41年02月26日 夜の御理解
教祖の直信と言われた近藤藤守という先生の事を、そのお弟子である松原竜太郎という先生が、近藤藤守先生を偲んで書いておられる書物を少し読ませて頂いたんですけれども、矢張り当時の教団の中での傘下になると言われた方の主人ですから、非常にやかましいお方であったと。近藤先生、佐藤先生、佐藤宿老ですね、それから九州の桂先生と言う風に、非常にその、まあ雷さんの様にやかましいお方であった、あとはもう、雷さんの後の様に、もうすっと根にもたれる様な事はなかったけれども、厳しい、厳しいというよりやかましいお方であったと。
あれはもう、大事な御理解があっておるときに居眠りどもするものなら、もう、それこそ腹切って死んでしまえと、短刀もって来てやれというて他のお弟子さんに言われた位にやっぱし厳しかった。一事が万事。これはあの、桂先生あたりなんかでもご伝記の中に、そういう例はもういくらもあるですもんね。例えば、お叱りになる言葉でも、なら、この頃亡くなられました、堀尾先生なんかはもう何時もこう、「このめただれが」ちいうて怒られておったという。
もう初代の甘木の、親先生なんかも随分怒りなさったらしいですけれども、こちらの奥様なんかまで怒られなさった、その、いうならその、表現がね、とてもえげつない、「このわらけつが」ちいうてから怒っておられた。お前は百姓の子じゃから何にも知らんという意味なんですね。 もう非常にやかましかった。まあお徳を受けておられたですから、しかもその怒られる事を一つの、まあある意味合いにおいては、誇りの様にさえ、まあしておったのだとこう思うのですけれども、怒られる時、怒られる身になってみると、中々そんな訳には参りません。
椛目でも以前は随分矢張り今でも、その思い出話になると、本当によう怒られておったというて皆んなが申しますけれども、結局矢張り本当のの事を言うたら、私はそんなには、いくらお弟子であろうが、いくらまあ自分を親先生と言うてくれておる、まあ子供であろうが、信者であろうがです、矢張りその金光様のご信心はどこまでも、実意丁寧を旨としたもの。
そういう意味でやっぱり久留米の初代なんかは、素晴らしかった。まあその一番素晴らしいのは、三代金光様だったなとこう思うんですね。もうその、それこそ春の海の様な豊かさをもっておる。性格的にもそうですけれども、私今御結界、あの御祈念前に、近藤藤守先生の書物のちょっと一部を開いて見たら、そんな所が出ておりましたから、そんな事を思うたんですね。
そしたらあの、御心眼に、丁度お便所があって、お便所の横にっとこう、ああしてほらあの、なりてん、南天、南天がこうしてある所を頂いた。そしてその中の一本が、郊外へ、その出ている所を頂いた。それで私も感じたんですね。お便所と言えば御結界。南天といやあ、その側に、それこそあんまり良いとこでもない、まあどっちかち言うならもう、本当に便所の側の臭い所にちゃあんとすわ、おらんならんのだから。
ちゅうてもその南天が矢張り生き生きとして、そのまあ青々としてです、赤い実を付けて、その便所の側にあるというのは、その一つの風情でもありゃあ、その、まあその為の毒消しにもなると言われる位なんです。そりゃ私達が、御結界に奉仕させて頂いてほんとに有難いとこう、ほんとに有り難いとこう、自分自身が有難いと思うておる時には、大きい声やら出さんでもいいと思うね、実をいうたら。これは例えば、その初代、直信と言われた近藤先生とか、佐藤先生とか、または私共の、九州のご本部と言われた初代の桂松平先生のことを、( )訳じゃないけどもです。
やっぱりそういう信心の、そういうならその、おこ、徳もないのに怒ったら尚更いかんでしょうけど、徳を受けたからというて、なら悪い所を真似する事はいらん、とこう思うんですね。同時になら私は思うのに、その、確かに御結界で有難いという時には身にあまる様なものを見ても、怒らなきゃならない様な場合でも、怒らんで済む様なおかげの中に、自他共におかげを受けていけれる道だと言う事。少し、ごひれいが立ち出しましたり、人から親先生と言われる様になり。
まあおだて、まあおだてられててま、先生から怒られたから、本当によう分かりましたなんていう人が出て来るとです、もうそれを、もうその、まあ徳のない人が怒ったりしてから、その怪我をさせたりする様な場合がある。これは勿論、これは取次ぎをさせて頂く者の一つの心がけとして、その思わなきゃならんのですけれど、結局その、御結界をはな。一歩こう横に出ておるというのは、御結界を離れてて言う事。
信心を離れておる時、矢張り人間ですから、感情がある、その感情が剥き出しに、その、まあ怒られた様な場合も、又あろうかと思うのですね。けれども、そこんところを、例えば、まあ此れから、取り次ぎでもさせて頂く者、尚更の事だけれども、ここで分らんならん事はです、お互いでもそうだと云う事。信心を頂いて、ほんとに、自分の心の中に教えを行じておる時。
心の中に有り難いを感じる時には、私はえげつのう、言わばキイキイ声を出して子供達を怒る、怒る事もいらなければ、はがええ事だというて、はがいい思いをする事も要らん。ほらもう、口喧しゅう言う人には、まあ得てして、その、口はうるさいけれども腹ん中はよかと、いう人があります。また後は、まあその何時までも根に持たずすきっとしておるという場合もあるけれども。
そう云う様な人でも、矢張り信心修行、のお徳によって、有り難いというおかげを頂かして貰うたら、教祖の神様が、仰っておられます様に、家族の者でも、あなたこなたというて、呼べとおっしゃった様に、本当に穏やかに、私はまあ、えげつない言葉使いやら。または、その偉そうな態度やら。表現やらは。つつしましてもらわなければならんと言う様な事で、慎まなければ居られない、元であるところの有り難いという、心をいよいよ育てて行かなければならん。
成程、そげな事でどうしておかげが受けられるか、というてやっぱり本当に、まあ雷の一つも落としたいごとある時もあるですけれども、そういう時に、例えばその、何ていうですかね、奈良の母がよう言いよりました。あの言いたい事は明日言えといいよりました。こりゃぁ一言いうとかにゃいかん、こげなこっじゃいかん、と言う様な事をです、その場で掴まえて、言うちゃあならんと。
明日言えて。もう明日は言わんで済む様になっておるんだと。または言わねばいけん事ならば、その、見たその直後の感情のある時じゃなくてから、感情のない時に、お繰り合わせを頂いてから言うたら、また相手にもそれだけ分かって貰えると云う訳なんでしょうがね。 うん、どうでも信心させて頂く者はこの辺の所を、おかげ頂いて、本当言うたら、有難い、勿体ないが、言わんで済む様なおかげ。
というて、そうばっかりはいかん時も、あるけれどもそういう時には、言いたい事は明日いえと、いうような心持でです。おかげを頂いて行かなければならんと、こう思うですね。これは、桂先生とか、近藤藤守先生当たりの、ご伝記を拝承すると、もう至るところにその雷が落ちておる事が書いてあって、その事によって、又おかげも受けとります。けれどもそれは、本当いうたら金光様の、教祖の神様の、ご信心ぶりというものが、少し欠けておるのだと。
それが例え、近藤先生であろうが、桂の初代の松平先生であろうがです、ここんところは、矢張り、そのよかとこだけは頂かんならんけれども、矢張り人間ですから、真似してならん所は私は真似しちゃならん。そこんところを本当に、御結界に奉仕させて貰うて、有難いと思うておる時の様な、気持ちが持ち続けられない所から、激しい。いうなら。まあろくそない言葉遣いになったり、して、しまう様な事が、あるけれどもそれでもね、お徳を受ければいいのです。
お徳を受ければね、確かにそれによって助かるです。けれどもお徳を受けておるというてもです、矢張り教祖の神様のご信心に神習わして頂くと云う事になれば、いわゆるあなたこなたと言うてと仰るような有り方がです、私共の実意丁寧神信心と云う様なものが、本当に身に付いて来なければいけんのじゃないかと言う風に感じたんです。
この、その事に付いてから、頂く、その今お便所の横にある、南天の事から、ああほんとに桂先生にした所で、藤守先生にした所でです。ここんところは改めなさる事が本当だったと、私共もそういう素晴らしい先生の、素晴らしい所を継承させて貰、そして例えば、ではない所は、私は矢張り批判したり、非難したりするのじゃあない、そこんところは、それをいかにも体得の受けた様な態度でです、よう言う人がありますよね。
偉そうな例えばあんな言い方をしたり、態度をとったりする人がありますけれども、それでは自他共におかげを頂かれんと思う。これは先生だけの事じゃない、信者信心させて頂くものもすべからくそうでなからなきゃならない。心に有難いのが欠けておる時に、言葉が自然に、ろくそになっておる。人に凝りを積ませる様な事を言うておる。自分の有難いが欠けておると言う事を先ず先に悟って、おかげを頂いて行かなきゃならんと思うね。 どうぞ。